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「当選したら終わり」ではない
議員になる前は、「選挙に当選すること」が一番大変なのだと思っていました。
しかし実際には、当選してからの方が長く、そして難しい。
そう感じることが多くありました。
選挙は一つの節目です。
ですが、議員の仕事は、当選してからが本当の始まりです。
常に見られている感覚
議員になると、常に見られている感覚があります。
例えば、休日にスーパーへ買い物に行ったとき。
知り合いの方にお会いすることがあります。
そして、買い物かごの中を見て、
「今日は鍋ですか?」
と声をかけられることもありました。
もちろん、悪気があるわけではありません。
何気ない会話なのだと思います。
ただ、「常に見られている」という感覚は、議員になる前にはなかったものでした。
仕事と私生活が、きれいに分かれているわけではない。
そのことを、日々感じるようになりました。
顔と名前が一致しない
また、ご挨拶に伺った方の顔と名前を、すべて覚えきれないこともあります。
お宅に伺えば分かる。
ですが、街中で突然お会いすると、すぐに思い出せないこともあります。
気づけないこともあります。
それが申し訳なく感じることもありました。
相手にとっては、きちんと会って話した相手でも、こちらが瞬時に思い出せないことがある。
そこに、議員という仕事の難しさを感じることがあります。
家族も「議員の家族」として見られる
もう一つ、心苦しかったことがあります。
それは、家族も「議員の家族」として見られることです。
あるとき、
「議員の親なのに、挨拶もできない」
という陰口を耳にしたことがありました。
正直、それはとてもつらく感じました。
家族は政治家ではない
私の親にとって、支持者の方々は基本的には他人です。
当然、気づかないこともあります。
誰なのか分からないこともあります。
しかし、議員の家族となると、周囲からは同じように見られてしまう。
そこに、難しさを感じました。
議員本人が見られるのは当然だとしても、家族まで同じように見られ、評価される。
それは、この仕事の厳しさの一つだと思います。
議員本人だけの問題ではない
地方議員という仕事は、自分一人だけの話ではありません。
家族にも影響があります。
生活の中に、常に政治が入り込んできます。
それが、この仕事の現実なのだと思います。
当選したから終わりではない。
むしろ、そこから先の毎日の積み重ねの中に、この仕事の難しさがあるのだと感じています。
それでも続ける理由
それでも、私はこの仕事を続けています。
市民相談を受け、
議会で発言し、
少しずつでも街を良くしたい。
そう思っているからです。
簡単な仕事ではありません。
気を抜ける仕事でもありません。
ですが、だからこそ意味があるのだと思っています。
難しさがあるからこそ、向き合う価値がある。
私は今、そう感じています。
次回予告
議員として長く活動を続ける中で、私は「政治家に必要なもの」についても考えるようになりました。
知識なのか。
発信力なのか。
人柄なのか。
次回は、地方議員に本当に必要な力とは何かについて書きたいと思います。


