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なぜ私に声がかかったのか

市議会議員の方が訪ねてきた理由前回の記事で書いたように、ある日、地元の市議会議員の方が家に来るようになりました。「選挙に出てほしい」そう言われたとき、正直、なぜ自分なのか分かりませんでした。政治の経験があるわけでもなければ、特別な経歴があっ...
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なぜ私は政治の道を選ぶことになったのか

突然の訪問インターネット通販の会社で働いていた頃のことです。仕事は順調でした。売上も伸び、会社からの評価もいただいていました。このまま会社員として働き続け、もっと上を目指していく。当時の私は、自然とそんな未来を思い描いていました。そんなある...
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インターネット通販の会社で働いた2年半

正社員で失敗した経験から不動産会社を1か月で退職し、その後、飲食店も半年で退職しました。社会に出て働くことの難しさを、立て続けに思い知らされた時期でした。このまま同じことを繰り返してはいけない。そう思った私は、次の仕事を探すとき、少し考え方...
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不動産会社を辞めたあと、次に待っていたもの

前回の記事で書いたように、私は最初に就職した不動産会社を、わずか1か月で退職しました。自分の価値観と、会社の営業スタイルがどうしても合わなかったからです。社会人になってすぐの退職。当時は「自分はこの先ちゃんとやっていけるのだろうか」と、不安...
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初めて正社員として就職した会社の話

初めての正社員フリーターとして働いていた私は、やがて正社員として就職することになります。就職したのは、今でもテレビCMが流れている不動産会社でした。職種は営業です。住宅を探しているお客様に物件を紹介し、購入までお手伝いする仕事でした。人の人...
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草加に来て、月30日働いていた頃の話

フリーターとして働き始めた頃20歳で草加に引っ越してきたあと、私はフリーターになりました。専門学校を卒業したばかりで、まだ進む道を決めきれていなかったからです。当時は、二つのアルバイトを掛け持ちしていました。ひとつは、学生の頃から働いていた...
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20歳、草加に引っ越してきた日の話

家族での引っ越し私が草加に引っ越してきたのは20歳のときです。父、母、弟と一緒に家族で引っ越してきました。きっかけは、父が営んでいた工場兼住宅のオーナーが変わり、立ち退きを求められたことでした。それまで住んでいた家は、1階が工場、2階が事務...
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私を育てたのは、下町の町工場でした

私は東京都墨田区で生まれました。2歳の頃、荒川区町屋へ引っ越しました。私の家は少し変わった建物でした。1階が町工場。2階が事務所。3階が住居。父が小さな町工場を経営していたからです。家にはいつも従業員の方が出入りしていて、とても賑やかでした...
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配布中の議会報告の訂正について

草加市の物価高騰対策の記事中、高齢者非課税世帯障害者支援の表記中、誤「18歳から74歳の障害者 1万5千円」正「18歳から74歳の障害者1人5千円」でした。訂正してお詫び申し上げます
草加市

暮らしの安心を守る支援策 ― 制度を「本当に届く支援」に

はじめに物価や光熱費の上昇が続き、市民生活への影響は決して小さくありません。買い物のたびに価格の上昇を感じ、電気代の請求に不安を覚える。そんな声を日々いただいています。こうした状況を受け、草加市は国の重点支援地方交付金を活用し、新年度は生活...