不動産会社を辞めたあと、次に待っていたもの

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※この記事を読むのに必要な時間は約4分21秒です。

前回の記事で書いたように、私は最初に就職した不動産会社を、わずか1か月で退職しました。

自分の価値観と、会社の営業スタイルがどうしても合わなかったからです。

社会人になってすぐの退職。
当時は「自分はこの先ちゃんとやっていけるのだろうか」と、不安もありました。

それでも立ち止まっているわけにはいきません。
次に就職したのは、飲食店でした。

仕事はホールスタッフ。
注文を取り、料理を運び、お客様に気持ちよく過ごしてもらうための接客の仕事です。

人と接することはもともと好きでしたし、接客の経験もありました。
そのため、この仕事には前向きな気持ちで入っていきました。

「今度こそ頑張ろう」
そんな思いもあったのだと思います。

想像以上に過酷だった毎日

ですが、実際に働き始めると、現実は想像していたものとは大きく違っていました。

朝は6時過ぎに出勤。
仕事が終わるのは夜11時半頃。
帰りは毎日のように終電でした。

休みもほとんどなく、朝から夜まで働き続ける毎日。
気がつけば、仕事だけで1日が終わる生活になっていました。

飲食店の仕事は、お客様がいる限り終わりません。
忙しい時間帯を乗り切っても、片付けがあります。
さらに翌日の準備もあります。

目の前の仕事をこなすだけで精一杯で、心も体も休まる時間はほとんどありませんでした。

最初のうちは、「若いんだから頑張れば何とかなる」と思っていました。
多少きつくても、気合いで乗り切れると考えていたのです。

ですが、人の体には限界があります。

体が悲鳴を上げ始めた

そんな生活を続けるうちに、少しずつ体調を崩していきました。

息苦しさを感じて、その場にしゃがみ込む。
そして気づくと、自分で呼吸を止めてしまっている。

今思えば、自律神経がおかしくなっていたのだと思います。

当時はそこまで深く分かっていませんでした。
ただ、「何かがおかしい」という感覚だけは、はっきりありました。

それでも仕事には行く。
休むという発想すら持てないまま、無理を重ねていたのだと思います。

心が切れた一言

そんなある日、店舗のチェックに来た役員から、こんな言葉をかけられました。

「お前、顔色悪いぞ。薬物をやっているように見えるから、眼鏡をかけろ」

今でも、この言葉は強く記憶に残っています。

「大丈夫か」
「ちゃんと休めているか」

そんな言葉なら、受け止め方も違ったかもしれません。

ですが、返ってきたのは、体調を気遣う言葉ではありませんでした。

正直、何を言われているのか分かりませんでした。
そしてその瞬間、自分の中で張りつめていた糸が切れたような気がしました。

ああ、もう無理だ。

そう思いました。

仕事よりも大切なもの

今振り返れば、完全に働きすぎでした。

もちろん、仕事を続けたい気持ちはありました。
途中で辞めることへの悔しさもありました。

ですが、体を壊してしまっては、何も続けることはできません。

こうして私は、この飲食店も半年で退職することになりました。

最初の会社は1か月。
次の会社は半年。

世間から見れば、決して順調な社会人生活ではなかったと思います。

それでも、この経験があったからこそ学べたことがあります。

仕事には向き不向きがあること。
そして、どれだけ頑張りたくても、自分の体を守ることのほうがもっと大切だということです。

社会に出て働くことは、思っていた以上に厳しいものでした。
でも、あの時間が無駄だったとは思っていません。

遠回りに見える経験も、あとから振り返れば、自分の人生を形づくる大切な一部になる。
今はそう思っています。

次回予告

こうして二つの会社を経験したあと、私はまた別の仕事へ進むことになります。

そして、その仕事が、私の人生の流れを大きく変えることになりました。

次回は、その次に働くことになった会社について書きたいと思います。

草加市議会議員 斉藤雄二

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