「毎年やっているから」では済まされない行政の現実

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行政は「前例踏襲」が基本

議員として活動する中で、行政の難しさを感じる場面が何度もありました。

その一つが、「前例踏襲」という考え方です。

役所は基本的に、これまで続いてきたことを大切にします。

もちろん、それ自体が悪いわけではありません。
安定した行政運営には必要な部分もあります。

ただ、その一方で、疑問に感じることもありました。

「なぜ始まったのか」が分からない

議会で、

「なぜこの事業は始まったのですか」

と質問しても、職員の方が答えられないことがあります。

長年続いている事業ほど、最初の目的が分からなくなっていることもあります。

惰性で続いているのではないか。
そんなふうに感じることもありました。

必要性を説明できない事業

事業の必要性について質問しても、はっきり答弁できないケースもあります。

「なぜ今も必要なのか」

そこが説明できない。

果たして、その事業には今も存在意義があるのでしょうか。
そう感じることがありました。

誰も理由を説明できない

例えば、公民館やコミュニティセンターがある中で、なぜ特定の場所に集会所が一か所だけ存在しているのか。

質問しても、誰も明確な理由を説明できませんでした。

「昔からあるから」

それだけになってしまっている。
そんな印象を受けました。

始めるより終わらせる方が難しい

また、外国籍児童への定期代補助制度について、制度継続の妥当性を質問したこともありました。

すると返ってきたのは、

「毎年やっているから」

という説明でした。

私はそのとき、行政は「始めること」よりも、「終わらせること」の方がはるかに難しいのだと感じました。

一度始まった制度や事業は、たとえ目的があいまいになっていても、見直したり終わらせたりすることが簡単ではありません。

そこに、行政の難しさがあるのだと思います。

行政にも事情がある

もちろん、職員の方々が真面目に仕事をされていることも分かっています。

限られた予算。
限られた人員。
さまざまな制度やルール。

その中で行政運営を行う大変さもあります。

だからこそ、単純に「変えればいい」という話でもありません。

だからこそ必要な視点

ただ、それでも、

「本当に必要なのか」

を問い続けることは大切だと思っています。

税金は限りあるものです。

今必要な事業に、しっかり使っていく。
その視点を持ち続けることが、議員の役割の一つなのだと思います。

前例を守ることが必要な場面もあります。
ですが、前例を守ること自体が目的になってしまってはいけません。

何のためにその事業があるのか。
今も必要なのか。
これからも続けるべきなのか。

そうした問いを持ち続けることが、行政にも議会にも必要なのだと思います。

次回予告

議員として活動を続ける中で、私は「政治」と「市民感覚」の距離についても考えるようになりました。

政治の世界の常識と、市民の感覚。
そこには大きな差があると感じています。

次回は、議員として感じる「政治と市民感覚のズレ」について書きたいと思います。

草加市議会議員
斉藤雄二

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