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こんにちは。草加市議会議員の斉藤雄二です。
2006年に初当選してから、今年で20年になります。
28歳だった私も、今では48歳。
20年という時間の中で、政治や行政に対する考え方もずいぶん変わりました。一方で、今も変わらず大切にしていることがあります。
今日は、そんな20年間を振り返ってみたいと思います。
議員になって初めて分かったこと
議員になる前は、議員の仕事について十分に理解していませんでした。
実際に議会に入ってみると、長く当選を重ねている議員には、それぞれ支持されてきた理由があるのだと感じました。
もちろん、議会で質問をしないことなど、議員としての活動が問われる場面もあります。
しかし、議会での発言だけが議員の仕事ではありません。
地域の方々と行政の間に入り、困りごとの解決に向けて交渉している議員もいます。
外からは見えないところで働いている方がいることを知りました。
20年前の私には、見えていなかった部分です。
一人の小学3年生の声から始まったこと
20年間で特に心に残っているのは、市内の学校へのエアコン設置です。
きっかけは、たまたま訪問したお宅で出会った、小学3年生の女の子の言葉でした。
夏になると、手の汗でノートに書いた文字がにじんでしまう。それが恥ずかしいというのです。
当時、学校の教室にはエアコンがなく、扇風機が回っているだけでした。
「生ぬるい風が回っていても、全然涼しくない」
そんな話を聞きながら、「やっぱりエアコンがいいよね」と尋ねると、「欲しい」と答えてくれました。
それが、私にとっての出発点でした。
ただ、学校へのエアコン設置には多額の予算が必要です。
電気代などのランニングコストに加え、定期的なメンテナンス費用もかかります。
当初、私は財政的な負担を考え、学校の建て替えに合わせて順番に設置していく方法を想定していました。
そんな中、市議会で市長不信任決議が可決され、その後、田中市長が誕生するという大きな政治の動きがありました。
私は田中さんに、学校へのエアコン設置を公約に取り入れていただけないかと進言しました。
すると、その提案を公約に取り入れていただくことができました。
さらに田中市長は、教育環境はすべての学校で一律であることが望ましいとの考えから、リース方式によって全校一斉に導入する方針を示しました。
私が想定していた方法を上回るものでした。
一人の小学生の何気ない言葉から始まったことが、市の政策として実現したのです。
この出来事は、今でも忘れられません。
もちろん、エアコン設置は私一人で実現したものではありません。
市長の決断や、多くの関係者の取り組みがあってこそです。
それでも、あの日、女の子の話を聞いてよかったと、今でも思っています。
20年間、変わらず大切にしてきたこと
私が議員として大切にしてきたのは、説明責任を果たせるかどうかです。
例えば、自分が市長の立場になったとき、その政策の必要性や根拠を市民の皆さんに説明できるか。
公金を使う以上、これは欠かせないことだと思っています。
また、子どもや高齢者、障がいのある方など、社会の中で困難を抱えやすい立場の方々の目線で物事を考えることも大切にしてきました。
声の大きい人の意見だけで物事が決まってしまわないように。
困っていても、なかなか声を上げられない方がいることを忘れないように。
この考え方は、20年前から変わっていません。
議員を辞めようと思ったことも、何度もあります
実は、20年間の中で、議員を辞めようと思ったことは何度もあります。
学校へのエアコン設置など、自分が公約として掲げてきた大きな政策が実現したときには、「自分の議員としての役割は、もう終わったのではないか」と考えたこともありました。
また、民間企業で働き、自分の力でもう一度仕事に挑戦したいという気持ちもあります。
議員という仕事に、しがみつくつもりはありません。
辞めるのであれば、自分で仕事を探し、また働けばいい。そう考えています。
一方で、20年間ずっと支えてくださっている方々がいます。
その方々も、私と同じ20年間を過ごしてきました。
「これからも続けてほしい」
そう言っていただくこともあります。
自分の人生として別の道を歩みたい気持ちと、長年支えてくださった方々の思い。
その間で、今でも悩むことがあります。
20年たっても、答えは出ていません
28歳の頃は、政治の世界に飛び込めば、もっといろいろなことを変えられると思っていたのかもしれません。
実際には、思うように進まないことも多く、時間がかかることもあります。
それでも、一人の小学生の声から学校の環境が変わったように、目の前の小さな声が大きな変化につながることもあります。
そして、一つの課題が解決しても、時代が変われば新しい課題が生まれます。
議員の仕事に、終わりはないのかもしれません。
だからこそ、私は今でも「このままでいいのか」と自分に問い続けています。
20年間続けてきたから、これからも続けるのが当然だとは思っていません。
ただ、どのような立場にいても、困っている人の声を聞き、自分にできることを考える。
それは、これからも変わらず大切にしていきたいと思っています。


